MASIRA
寒さが身にしみる、いつもの帰り道。
俺は友人と二人で他愛もない会話をしていた。
そのとき、奴は突然現れた。
「この間の旅行の時の旅館さあ、すげえ最悪だったよな。飯はまずいし、
部屋は狭いし、おまけに卓球台もなかったんだぞ! 温泉にはやっぱり卓球だろ?
なんか雰囲気でないっつーか、テンション下がるっつーか」
友人は唾を飛ばして俺に力説した。
しかし、俺にはそこまで卓球にこだわるのがわからなかった。
「お前、変なところにこだわり持っているな」
「そうかな、普通だろ? お前こそ、物事にこだわりというものをもっていないよな。
そんなんでつまんなくねえか?」
余計なお世話だ、と俺は思った。
黙って歩いていると、急に友人の足が止まった。
振り返って見ると、その顔は少し青ざめていた。
「どうした?」
「あ……あれ見ろよ……」
友人はブロック塀の上を指差した。そこには一匹の猿がいた。
「さ、る……?」
「何でこんなところにいんだよ……」
おそらくニホンザル。
俺はふと、どこかの『お猿を見つめない』という看板を思い出していた。
「深く考えるな。無視したほうがいい」
俺が立ち去ろうとしたとき、猿はブロック塀から降りて俺たちの前に立ちふさがった。
「何だ?」
「は、腹でも減っているんじゃねえか」
友人がそういった瞬間、猿は友人の提げていたコンビニの袋(スナック菓子と
ペットボトルのジュース入り)を奪った!
「ぎょええええ!?」
友人は恐怖に叫んだ。
猿から逃げようとしてバランスを崩し、尻餅をついていた。
その向こうで猿は勝ち誇ったようにお菓子をむさぼっていた。
俺たち二人はその様子を呆然と見ていた。
「おい、大丈夫か?」
「マジでビビった……」
「今のうちに逃げようぜ!」
「そ、そうだな」
俺たちは通学路を全力で駆け抜けた。
しかし、猿もしぶとく追いかけてきた。
「何で俺たち猿に追いかけられているんだよ!」
「 知るか!」
猿VS俺たちの競争。
結果は友人に飛びかかってきた猿に軍配が上がった。
「いってえ!」
猿に抱きつかれて、もがく友人。
俺はそれを遠くで見ていることしかできなかった。
「こら、助けろー!」
「嫌、無理」
俺は手をパタパタと左右に振った。
「人でなし! 冷血動物!」
喚く友人。しかし猿、未だ離れず。
「くそぉ……」
友人は制服のポケットから何かを取り出した。それはライターだった。
「くらええ!」
友人はライターの炎を猿に向けた。
猿は驚き逃げる、と思いきや、猿は微動だにしなかった。
友人が呆気にとられていると猿はそのライターを奪い、地面に降りてから、
どこから取り出したかわからない煙草に火を点けた。
そして、優雅に一服。
「さ……猿が煙草ふかしてる」
「ちょっとダンディー……」
俺たちは思い思いのことを口にしていた。
しばらくふかした後、コンクリートで火を消した。
猿は満足した様子だった。それから、再び俺たちの方を向いた。
友人のところにじりじりと歩み寄った。
「ひっ!」
怯える友人をよそに、ゆっくりと猿は彼にに近づいていった。
そして――
「うわああ!」
友人の目の前で猿は何かを投げつけた。恐怖で友人は目をつぶっていた。
俺はその投げられたものを見て驚愕した。
「おい、これ見ろよ!」
友人は怖々、目を開けた。
「こっこれは!」
白くて丸くて硬いもの、それは。
「玉子……」
「なんで猿がこんなものを?」
「そーいえば、あの旅行のときに露天風呂に猿がいたよな」
「そうだった。で、お前その猿と一緒に風呂に浸かって……」
刹那、俺たちは固まった。そして同時に同じことを思った。
――まさか、その猿なのか!?――
俺たち二人は猿を見た。猿は何も言わない。
ちらりとこちらを見たかと思うと、突然、走り出した。
「こらあ、待ちやがれ!」
友人が叫ぶもむなしく、猿は遠ざかっていった。
「……一体、何だったのだろう」
それは誰にもわからなかった。
翌日の学校にて。
友人の話によると、あの後彼が家に帰ったらそこにはくつろいでいる、
あの猿がいたそうな。
友人を見た途端、猿の顔は尻よりも真っ赤に染まっていたという。
「惚れられた、か」
end
