赧(あか)い鏡



注目されるのは、いつも彼女。
その金の髪は揺れる度に美しい。白い肌を薔薇色に染めて、湖のように透き通る青い瞳を細めて笑う。明るく活発で、可憐な仕草は人々を惹きつけた。
人々は同じ言葉を繰り返す。
「まるで天使のようだ」
そして誰もが彼女を愛し、心を許す。
光に満ち溢れ、神の祝福を受けた存在。
それが、他人の目から見た彼女――アリスの姿だった。

私はアリスが嫌いだった。
彼女と私は双子なのに、少しも似ていなかった。
同じ金色でも、私の髪にはつやがなく、いつも固く三つ編みを結っていた。
同じ瞳の色をしていても、私はつり目がちで周りから誤解を受けやすかった。
私たちは互いに正反対の存在だった。
光と影、私たちのことを皆、そう呼んでいた。

私はアリスの下僕だった。
彼女はよく、両親や友達の見ていないところで私をいじめていた。
彼女にとって、私は自分の引き立て役であり、コマ使いでもあった。
しかし、そのことに気づくものなどいなかった。彼女は計算高く、他人の心を奪う天才だったからだ。
最初は彼女の裏の顔を他人に教えようとしたが、そうすればするほど私が不利な立場になっていった。私に対するアリスの態度も酷くなり、ついにはあきらめた。
唯一、六つ年上の姉、ステラはそのことを知っていた。そして、よく私を庇ってくれた。
あの頃の私には、ステラしかいなかった。安らぎの場所だった。
しかし数年後、ステラが結婚して家を出て行ってしまうと、この家はアリスによって支配された。
私にとってそれは、地獄としか言いようのない時期だった。アリスによって、私は死ぬことも許されなかった。

それが終わりを告げたは、あの静かな冬の日だった。
父と母は外出していて、家ではアリスと私だけだった。
彼女は仕切りに時間を気にしていた。
服をあれこれと悩み、ようやく決めたかと思うと、今度は髪形に悩んでいた。
私にはそれがとても滑稽に見えた。思わず口元がゆるんでしまった。
「……何笑ってんのよ!」
あざとくそれを見つけて、彼女は怒鳴った。
「別に」
「召使いのくせに」
「……」
「パーティーに誘われるなんて、あんたには絶対ないでしょうね。ひたすら家と学校の往復なんて寂しい生活よね。でも、地味なあんたには合っているわ。私には考えられないけれど」
「……」
「あんたは一生、私の召使いでいなさい。どうせ大した能力持っていないんだし。あんたには充分過ぎるくらい仕合せでしょう?」
アリスは薄ら笑いを浮かべながら言った。
私はアリスを睨みつけた。両親に責められるのが嫌で、ずっと彼女に従っていた。しかし、もう限界だった。
「……何よ、その目」
 支度を終えたアリスは私のところにやって来ると、無言で私の頬を叩いた。
「それでも反抗しているつもり? あんたには何も出来ないくせに。悔しかったら私を叩き返してみなさいよ。そのかわりあんたがお父様に殴られるけどね!」
「……盛りのついたメス豚」
「なんですって?!」
私はさっきとは反対側の頬を打たれた。さっきより強い力で。
「謝りなさいよ! 早く言いなさいよ!」
私をむちゃくちゃに殴りつけながら、彼女は叫んだ。
やがて、急いでいたことを思い出したアリスは乱れた服を軽く整えた。
彼女が部屋を出る瞬間、私は言った。
「アリスなんて……いなくなっちゃえばいいのよ」
アリスは言い返すこともなく、荒々しくドアを閉めた。
それが、美しい彼女の姿を見た最後だった。

三日後、アリスは帰ってきた。
彼女は私をなじることも、叩くことも出来なくなっていた。
醜く膨らんで、冷たくなっていた。
ふと、涙がこぼれた。
悲しみよりも、開放感と喜びで溢れていた。
「おかえり……」
そして私は彼女こそ本物のアリスだ、と思った。

かくして、私に平穏な日々が訪れた。
身も心もとても自由になった。
しかし、私はアリスを思い出さない日はない。
時々、鏡の国から私に語りかけてくる。
彼女は言う。

「私たちはいつも一緒よ。だって双子なんだから」




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